津軽塗とは? 歴史と伝統を受け継ぐ漆芸
津軽塗(つがるぬり)は、青森県弘前市を中心に津軽地方で生産される伝統的な漆工芸品です。その起源は約400年前に遡るとされ、堅牢さと優美さを兼ね備えた漆器として、長い歴史の中で育まれてきました。現在では、国の伝統的工芸品にも指定され、日用品から美術品まで幅広い製品が作られています。
津軽塗の歴史:藩政下の奨励から現代へ
津軽塗の正確な起源については諸説ありますが、江戸時代初期に弘前藩が産業振興策として漆器生産を奨励したことが背景にあるとされています。初代藩主・**津軽為信(つがる ためのぶ、1550-1607)**の時代にその礎が築かれ、特に4代藩主・津軽信政(つがる のぶまさ、1646-1710)の時期に大きく発展しました。信政は若狭国(現在の福井県)から塗師・池田源兵衛を招き、また江戸から蒔絵師を招聘するなど、積極的に技術導入を図り、現在の津軽塗の原型が形成されたと言われています。津軽塗の創始者は特定の個人ではなく、藩の政策と多くの職人たちの努力によって確立されたと考えられています。

江戸時代には主に藩の武具や調度品として用いられましたが、次第に一般向けの膳、椀、重箱なども作られるようになりました。
明治時代に入ると、藩の後ろ盾を失い一時衰退の危機もありましたが、1898年(明治31年)に地元の実業家・小山内清(おさない きよし)が中心となり、津軽塗の品質向上と販路拡大を目指して弘前漆器株式会社を設立するなど、伝統技術の保護と継承、産業としての発展に尽力しました。
その後、職人たちの努力によって技術は守り継がれ、1975年(昭和50年)5月には、経済産業大臣(当時)より国の伝統的工芸品として指定を受け、現在に至るまでその伝統と技術が脈々と受け継がれています。

津軽塗の特徴:研ぎ出しが生む美と堅牢性
津軽塗の最大の魅力は、その独特の「研ぎ出し変わり塗り」と呼ばれる技法と、それによって生まれる複雑で美しい模様、そして漆器としての堅牢さにあります。
- 研ぎ出し変わり塗り技法: 何十回も漆を塗り重ね、それを部分的に研ぎ出すことで、下層の色や模様を表面に現す技法です。代表的な「唐塗(からぬり)」をはじめ、「七々子塗(ななこぬり)」「紋紗塗(もんしゃぬり)」「錦塗(にしきぬり)」など、多彩な表現があります。
- 美しい色彩と模様: 漆の持つ深みのある色合い(特に黒と赤)を基調としながら、研ぎ出しによって生まれる複雑で繊細な模様が特徴です。金箔や色漆、螺鈿などを組み合わせた華やかなものもあります。
- 「馬鹿塗」と呼ばれるほどの堅牢性: 「津軽の馬鹿塗」と俗称されるほど、幾重にも漆を塗り重ねる工程(四十工程以上とも言われる)を経るため、非常に丈夫で耐久性に優れています。丁寧に使えば何世代にもわたって使い続けることができます。
- 実用性と芸術性の両立: 日常生活で使えるお椀や箸、お盆といった実用品でありながら、工芸品としての高い芸術性も兼ね備えています。
津軽塗の製法:時間と手間をかけた手仕事
津軽塗の完成までには、最低でも四十数工程が必要とされ、2ヶ月以上、長いものでは半年から1年以上の歳月がかかります。その丁寧な手仕事が、美しさと堅牢さを生み出しています。
- 素地(きじ)作り: ヒバやブナ、ケヤキなどの木材を加工し、製品の形を作ります。
- 下地作り: 生漆に砥の粉(とのこ)や地の粉(米粉と混ぜたものなど)を混ぜたものをヘラで塗り、乾燥させては研ぐ作業を繰り返します。これにより素地を補強し、上塗りのための平滑な面を作ります。
- 中塗り・上塗り: 精製された漆を刷毛で塗り重ねていきます。塗っては乾燥させ、研ぐ作業を繰り返し、漆の層を厚くしていきます。
- 仕掛け(模様付け): 各技法に応じて、色漆を塗ったり、ヘラで模様を付けたり、菜種を蒔いたり、炭粉を蒔いたりといった「仕掛け」を施します。
- 研ぎ・艶上げ: 模様を研ぎ出し、最後に表面を炭や砥の粉で丁寧に磨き上げ、美しい光沢を出して完成させます。

津軽塗の代表的な技法
津軽塗には様々な技法がありますが、特に代表的な「津軽四大技法」と、その他の加飾技法をご紹介します。
【津軽四大技法】
- 唐塗(からぬり): 漆を塗り重ねた上に、特殊なヘラで斑点模様をつけ、色漆を塗り重ねて平らに研ぎ出す技法。流れるような抽象的な模様が特徴で、津軽塗の中で最もポピュラーです。色の組み合わせで様々な表情が生まれます。
- 七々子塗(ななこぬり): 黒漆などの色漆を塗った上に、菜種を均一に蒔きつけ、乾燥後に菜種を取り除くと出来る小さな輪紋の凹凸を、さらに色漆で塗り込めて平滑に研ぎ出す技法。魚の卵(ななこ)に似ていることから名付けられました。上品で細やかな模様が特徴です。
- 紋紗塗(もんしゃぬり): 黒漆で模様を描かずに下地を塗り、籾殻(もみがら)の炭粉を蒔きつけてから研ぎ出し、艶消しの地に仕上げます。その上に黒漆で筆を使わずに模様を描き、磨き上げて光沢の差で模様を表現する、渋くモダンな印象の技法です。
- 錦塗(にしきぬり): 七々子塗の地に、金箔や銀箔、色漆を用いて古典的な吉祥紋様(唐草、紗綾形、菱模様など)を筆で描き加えた、津軽塗の中で最も豪華絢爛で格調高い技法。高度な技術と手間を要します。
【その他の加飾技法】
- 沈金(ちんきん): 漆塗りの表面に、専用の沈金ノミ(鏨)で線や点の模様を彫り、その彫り跡に金箔や金粉を埋め込む(沈める)技法。繊細な線画表現が可能です。
- 螺鈿(らでん): アワビや夜光貝(ヤコウガイ)、蝶貝などの貝殻の真珠層部分を薄く切り出し、漆塗りの表面に貼り付けたり埋め込んだりする技法。光の角度によって虹色に輝き、華やかさを加えます。
※沈金や螺鈿は、輪島塗など他の漆器産地でも広く用いられる加飾技法ですが、津軽塗においても、製品に華やかさや繊実にさを加えるために用いられています。
津軽塗の人気商品と選び方のポイント
ここでは、数ある津軽塗製品の中から、特に人気が高く、初めての方にもおすすめのアイテムをいくつかご紹介します。

(※ここで紹介する商品は、青森県内の津軽塗専門店や百貨店における近年の販売動向、オンラインストアでの評価、および津軽塗愛好家からの評判などを総合的に考慮し、編集部が選定しました。)
1. 小箱
津軽塗の美しさと技術が凝縮された小箱は、ギフトとしても自分用としても人気の高いアイテムです。
- 特徴: アクセサリーや印鑑、名刺、文具などの小物入れとして実用的。インテリアとしても存在感があります。唐塗、七々子塗など様々な技法で作られ、デザインも豊富です。
- サイズ目安: 幅10〜20cm、奥行き8〜15cm、高さ5〜10cm程度が多い。
- 価格帯目安: 15,000円〜100,000円程度。
- ※価格は目安であり、使用される技法(例:唐塗より錦塗の方が高価)、文様の複雑さ、サイズ、作者(工房)、木地の種類などによって大きく変動します。
- おすすめポイント: 津軽塗の代表的な技法を手元でじっくり楽しめるのが魅力。蓋を開けた時の内側の漆の美しさも格別です。結婚祝いや還暦祝い、海外の方へのお土産にも喜ばれます。
- 選び方のポイント: 表面の研ぎや艶の美しさ、模様の均一性をチェック。蓋と本体の合わせがスムーズか、持った時に適度な重みがあるか(軽すぎるものは避ける)、内側も丁寧に塗られているかを確認しましょう。
2. 茶器(茶碗、棗など)
茶道具としての風格と実用性を兼ね備えた茶器類は、津軽塗の中でも格調高い製品です。
- 特徴: 茶碗、茶托、棗(なつめ)、茶筒など。保温性に優れ、漆の手触りが心地よいのが特徴。茶道用だけでなく、普段使いの湯呑みや菓子器としても人気です。
- サイズ目安: 茶碗は直径約11〜13cm、高さ約7〜8cm程度が一般的。
- 価格帯目安: 単品で10,000円〜50,000円程度、棗などの高級品やセット品はそれ以上。
- ※価格は目安であり、技法、文様、サイズ、作者等により大きく変動します。
- おすすめポイント: 使うほどに手に馴染み、艶が増していく経年変化を楽しめます。特に棗は、津軽塗の精緻な技術が際立つ逸品です。季節の草花などを描いたものも風流です。
- 選び方のポイント: 手に持った時の感触、口当たりの良さ(縁の厚みなど)を確認。茶道用なら流派に合った形や意匠を選びましょう。セットの場合はデザインの統一感も大切です。

3. 箸
日常的に使うことで津軽塗の魅力を身近に感じられる箸は、入門アイテムとしても、ギフトとしても定番の人気商品です。
- 特徴: 軽くて持ちやすく、滑りにくいのが特徴。漆には抗菌作用があるとも言われています。夫婦箸や家族箸のセットも豊富です。
- サイズ目安: 長さ21〜24cm程度が一般的。男性用、女性用、子供用があります。
- 価格帯目安: ペアで3,000円〜20,000円程度。
- ※価格は目安であり、技法(シンプルな塗りか、金彩などの加飾があるか)、作者等により変動します。
- おすすめポイント: 毎日使うものだからこそ、本物の漆器の良さを実感できます。名入れサービスを行っている店舗も多く、結婚祝いや記念品に最適です。使うほどに艶が増し、愛着が湧きます。
- 選び方のポイント: 自分の手に合った長さ、太さ、重さのものを選びましょう。箸先の形状(細めの方が食材をつまみやすい)や、表面の塗りの滑らかさもチェックポイントです。

4. 置物・飾り皿
津軽塗の芸術性を存分に楽しめるのが、鑑賞用の置物や飾り皿です。
- 特徴: 花瓶、飾皿、オブジェ、額など。空間を彩るインテリアとして、津軽塗ならではの重厚感と華やかさを演出します。
- サイズ目安: 様々。
- 価格帯目安: 数万円〜数十万円以上。
- ※価格は目安であり、技法、文様、サイズ、作者等により大きく変動します。
- おすすめポイント: 伝統的な技法を駆使した大作や、現代的な感覚を取り入れた作品など、作家の個性が光る一点ものも多くあります。新築祝いや開業祝いなど、特別な贈り物にも選ばれます。
- 選び方のポイント: 設置する場所の雰囲気やスペースに合わせて選びましょう。全体のバランス、模様の美しさ、作家の作風などを吟味します。信頼できる専門店で相談するのも良いでしょう。

まとめ
幾重にも塗り重ねられた漆が生み出す深い色艶と、研ぎ出しによって現れる複雑で美しい模様、そして永く使える堅牢さ。津軽塗は、青森の厳しい風土の中で育まれた、実用性と芸術性を兼ね備えた素晴らしい伝統工芸品です。
今回ご紹介したアイテム以外にも、お椀やお盆、重箱、近年では万年筆やアクセサリーなど、様々な製品があります。ぜひ、お気に入りの津軽塗を見つけて、その魅力を日々の暮らしの中で感じてみてください。贈り物としても、きっと喜ばれることでしょう。

注記:
津軽塗の歴史や技法には諸説ある部分も含まれます。。
この記事は、2025年4月時点での情報に基づき、一般的な知識や公開されている情報を参考に作成されています。
価格帯はあくまで目安であり、変動する可能性があります。最新の情報は各販売店にご確認ください。